7.押し寄せては惹かれてゆく波に、身を委ねて

夜になって降り始めた温かな雨は、不穏な空気に包まれるロンドンの闇色を一層深くした。
雨は時とともに濃くなり、霧となっって行き交う人々の姿を隠す。
こうして今日も。
仮面舞踏会が始まった。
美しき女の血潮を求め、黒き影が街を彷徨いゆく……
――23時15分。
20時前にベッドへ入ってしまったからか、こんな夜中に目が醒めてしまった。
と、言いたいところだが、この時は違っていた。
ベッドに入っておいて今まで、目を閉じただけでずっと起きていた。
隣に眠るカルロスが寝静まったのを確認しては、長風呂をした。
この休暇中もひっきりなしに届く仲間や上司からの報告のメールを性格上見過ごすこともできず、バスタブの中で携帯電話をずっと弄っていた。
ただ、そのメールの内容も頭にあまり入ってこない。
それもこれも、先ほど突如現れた“やんごとなきお大尽様”から言われたことが、ずっと気になっていたから。

『君はその感情が何か、理解できてないの?』
モヤモヤする。
同じようなことを、ここに来る前、上司からも言われた。
どっちにもイラついて言い返したが、そんな自分の体たらくにも嫌気が差す。

そして。
そんな自分をいつまでも放置しておくほど、気が長くもない。

携帯電話の画面上で、素早く指を動かし、暗号化プログラムが組み込まれたアプリを起動すると、ロンドンにいる元同僚…モーガン宛てにメールをした。
要件は、あの手紙の取得場所の主の連絡先が知りたい。
おそらく、連絡先=携帯電話の番号を知ったところで、やんごとなきお大尽から盗聴されているだろうから、直接出向く可能性もある。
…気が滅入る。
 一体自分は、会ってまでして何を言おうと?
メールの返信はすぐにきた。
古い付き合いでこんな事情も知ってか、ご丁寧に滞在先の部屋番号までつけてきた。
どうも、自分は思ったよりわかりやすい性格をしているらしい…
バスルームにこだまするほど大げさなため息をつき、深呼吸しては長風呂から脱出した。
手早く身支度を整え、静かに寝息を立てている同行人を脇目に、もらいものの帽子と眼鏡を身につけると、部屋を出た。
ホテルのエントランス前に居たタクシーに、すばやく乗り込む。
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